砂漠で出会った王子様のような男との穏やかな恋や、それぞれの家庭事情を抱えた学生の恋。そして、俳優の父とその息子のいびつな愛情。
やさしいおとぎ話のようなBLから痛々しい倫理観のBLまで楽しめる、緒川千世『ラクダ使いと王子の夜』をご紹介します。
『ラクダ使いと王子の夜』とは?ストーリーや作者
『ラクダ使いと王子の夜』は緒川千世さんによるBLコミックです。2014年にビーボーイコミックスDXより刊行しました。
キャラバンの孤独な少年が砂漠で助けたのは、王子様のようにすてきでやさしい男だった。おとぎ話のようにおだやかでやさしい表題作「ラクダ使いと王子の夜」や、俳優の父とその息子のいびつな愛憎のかたちを描く「くさった螺旋」など、様々なBL作品を収録。
作者の緒川千世さんは多くのBLコミックを出している人気の作家さんです。シリアスからコメディまで様々なストーリーの作品を世に出しており、この『ラクダ使いと王子の夜』でもその幅広さが堪能できます。
『ラクダ使いと王子の夜』の魅力
『ラクダ使いと王子の夜』は、おとぎ話のようなやさしいお話からいびつな愛憎を描く話まで、幅広いトーンのお話が読めるのが魅力です。緒川千世さんの描くストーリーの幅広さがぎゅっと1冊に詰まって楽しめる、とてもおすすめの1冊になっています。
収録作「ラクダ使いと王子の夜」はいわゆるアラブBLですが、荒々しい感じは少しもなく、とてもおだやかなお話です。一方、「くさった螺旋」は父と子の近親相姦ものですが、それ以上にほの暗く、淫靡な空気を持っています。
どのお話も、短編でありながら読了後はしっかりした長編を読んだような満足感が得られるものばかり。緒川千世さんの世界観の幅広さに触れたい方、そして様々なトーンのBLを楽しみたい方はぜひお手にとってみてください。
私が『ラクダ使いと王子の夜』を読んだ感想5つ
私が『ラクダ使いと王子の夜』を読んでオススメしたいと思ったポイントを5つご紹介します。
①好きな人、自分を好きになってくれた人に好きと言えないジレンマ「溺れる魚」
水泳部の岸は、さまざまな”上辺だけ”のやりとりに辟易していた。上辺だけの反省、会話、そして愛。一番落ち着くのは水の中で、岸は水の中に自分の気持ちを置いてくることで心の平静を保っていた。
ある日、クラスメイトの宇佐美が車で連れ攫われそうになったのを助けた岸は、初めて宇佐美ときちんと会話をすることに。宇佐美は軽薄で、女の子と付き合っては、相手が自分を好きになったらすぐに捨てるという男で、決して印象はよくなかった。
宇佐美と会話していくうちに、いつしか恋心を自覚する岸。しかし、この気持ちが宇佐美に伝わったら嫌われてしまう……。プールや炎天下、夕立ちなど、学生の夏のできごとがたくさん詰まった、せつないけれど青春を感じる恋のお話をぜひ堪能してください。
②生きていく場所は砂漠ではなく、あなたのとなり「ラクダ使いと王子の夜」
カマルはラクダのサディークと共に砂漠を渡るキャラバンの一員の少年。その村で一人だけ肌が白いカマルは肌が弱く、旅の後はよく熱を出してしまい足手まといとなってしまうことを気にしていた。
ある日、カマルが砂漠で倒れていた青年を助けたところ、お礼をしたいと申し出てきた青年の家で療養をすることに。青年・アルファルドは裕福な海上貿易商の息子で、庭に噴水のある豪華な宮殿のような屋敷に住んでいた。
まるでおとぎ話のような屋敷で、おとぎ話の王子様のようなアルファルドと暮らすカマル。しかし、自分は砂漠に戻らないといけないという気持ちは日に日に強くなるばかり。二人の生きる場所が交わることはないのか? 感動のラストはぜひ読んで確かめてみてください。
③要領のいい弟からの愛情を利用し、壊した兄の危険な関係「いびつな欠片」
拓海と実咲の兄弟は、父も祖父も医者という家系に生まれ、親からは医者になることを義務づけられてきた。しかし、必死に勉強してもなかなか良い点数を取れない兄の拓海に比べ、弟の実咲は要領が良いらしく部活や友達付き合いをこなしながらも良い成績を取っていた。
親の注目も弟に向くようになり、苛立ちを覚えていた拓海はある日、実咲が自分を見て自慰をしている姿を目撃してしまう。拓海は実咲の痴態を写真に撮り学校に貼ることで、親が弟に対し失望し自分に期待を寄せてくれるように仕向け、そしてそれは成功した。
しかし、その一件ですっかり壊れてしまった実咲は、兄に「ご褒美」を強請るようになる。親を失望させるたびに、拓海の体に触れることを強請る実咲。親の期待を向けられながらそれに応えられない自分は無価値なのに……。
いびつなまま抜け出せない関係性に落ちてしまった兄弟の、胸が締め付けられるように苦しい物語です。
④人間不信の人気俳優の父、そしてその息子の抜け出せない愛憎「くさった螺旋」
高校生・あたるの父・秀明は人気俳優でありながら、素顔をほとんど知られていないミステリアスな人物。実際は担任の女性教師と三者面談をしていた最中、突然嘔吐してしまうほど人間不信、特に女性に対しては憎悪していると言えるほどの男だった。
どうして秀明が女性を憎悪するに至ったのか、そしてそれをあたるにぶつけるのか、あたるはそれを当たり前に受け止めるのか。それらはすべて秀明の学生時代の事件、そしてあたるの出生の秘密にある。
秀明の執着を受け止めているあたる……しかし、秀明のインタビュー雑誌の記事の見出しに躍る言葉を見るに、この生活から抜け出したい意思も。それを許さないのは……? 読んでいてぞくりとする展開やその表情をぜひ体感してほしい作品です。
⑤2作品のキャラクターの共演や、その後のお話も収録!
「あやうい饗宴」では、「いびつな欠片」と「くさった螺旋」のキャラクターが共演。実咲とあたるが同じ高校のため、怪我をした実咲の病室にあたるがお見舞いにやってきます。あたるのなにもかもを見透かすような目に、拓海と実咲は平然としていますが……。
どちらのお話の二人も、一方的に蹂躙しているように見えて、それが愛なのか憎しみなのかわからなくなってしまう二組。その関係性が垣間見えるような短編になっています。
また、「ラクダ使いと王子の夜」の後日談を描いた「ラクダ使いが消えた朝」も収録。カマルのキャラバンの皆や砂漠への想いが消えない中、アルファルドはひとり、カマルが元いた村へと向かう。人のあたたかさの本質に触れるような、やさしい物語です。
『ラクダ使いと王子の夜』が読める電子書籍サービスは?
Kindle
イーブックジャパン
ブックライブ
紀伊國屋書店
リーダーストア
まとめ:おとぎ話のようなやさしいお話から、痛々しい愛憎の物語まで。『ラクダ使いと王子の夜』
『ラクダ使いと王子の夜』は緒川千世さんによるBLコミックです。オムニバス作品集となっており、まるでおとぎ話のようなやさしいアラブBLから、父と子の愛憎と執着のお話まで、さまざまなトーンのお話が収録されています。
最初に収録されている「溺れる魚」は60ページの読み切りとして描かれたお話で、学生ふたりの夏のお話が描かれています。続く「ラクダ使いと王子の夜」はアラブBLですが、やさしいラクダ使いとやさしい王子様(正しくはお坊ちゃん)のあたたかなお話です。
「いびつな欠片」「くさった螺旋」はそれぞれ兄弟、父と子の歪んだ愛憎を描いた作品。先の2つの作品が持つあたたかな空気感とは打って変わって、ひりつくような重くて苦しい物語になっています。
さまざまな世界観の作品を描く緒川千世さんの魅力をぎゅっと一冊に詰め込んだ、とても贅沢な作品です。もともとファンの方も、そして初めてこの作家さんの作品を買う方の入門編としてもオススメ。ぜひ『ラクダ使いと王子の夜』を読んでみてください。
